東京地方裁判所 平成9年(ワ)17419号 判決 1999年2月04日
原告
株式会社富士銀行
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
篠崎芳明
小川秀次
金森浩児
小川幸三
小見山大
寺嶌毅一郎
被告
イーグル設備工業株式会社
右代表者代表取締役
Y1
被告
Y1
Y2
右三名訴訟代理人弁護士
岩崎修
主文
被告イーグル設備工業株式会社は、原告に対し、金四八三〇万一六二〇円及び内金三八一八万〇七二五円に対する平成九年七月二二日から支払済みまで年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)の割合による金員の支払をせよ。
被告Y1は、原告に対し、金四二四一万八五六二円及び内金三三九四万一四八四円に対する平成九年七月二〇日から支払済みまで年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)の割合による金員の支払をせよ。
被告Y2は、原告に対し、金一億〇〇二二万九六一〇円及び内金七九二九万〇六〇八円に対する平成九年七月二〇日から支払済みまで年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
主文同旨
第二事案の概要
一 被告らに対する貸付け等に関する基本的事実
以下のうち、1から4までの各事実は、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によってこれを認める。5の事実は、当事者間に争いがない。
1(一) 原告は、被告イーグル設備工業株式会社(以下「被告イーグル」という。)に対し、平成元年一〇月二三日次の約定により、三九〇〇万円を貸し付けた。
(1) 同被告は、同年一一月から平成二六年九月までの各月末日限り各二五万一六四一円(元利均等弁済)を支払う。
(2) 利息は、年六パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。原告は、金融情勢の変化その他の相当の理由がある場合には、利率を変更することができ、同被告は、予めこれに同意する。
(3) 遅延損害金は、年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。
(4) 右(1)の弁済期から一か月が経過し、原告が催告をした後に相当の期間が経過した場合には、同被告は、その後に到来すべき期限の利益を失い、残債務の全部について弁済が経過したものとみなされる。
(二) 原告は、長期最優遇貸出金利の変動に伴い、右(一)(2)の利率を、別紙既払金別表≪省略≫①「利率」欄及び別紙利息損害金別表≪省略≫①「約定利率」欄記載のとおり変更した。
(三) 平成四年九月末日から一か月が経過したため、原告は、被告イーグルに対し、平成九年七月一五日催告をした。その後相当の期間の末日である同月二一日が経過した。
2(一) 原告は、被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対し、昭和六二年七月八日次の約定により、二五〇〇万円を貸し付けた。
(1) 同被告は、同年八月から平成二八年八月までの各月末日限り各一三万二七八四円(元利均等弁済)を支払う。
(2) 利息は、年四・八九六パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。原告は、金融情勢の変化その他の相当の理由がある場合には、利率を変更することができ、同被告は、予めこれに同意する。
(3) 遅延損害金は、年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。
(4) 右(1)の弁済期から一か月が経過し、原告が催告をした後に相当の期間が経過した場合には、同被告は、その後に到来すべき期限の利益を失い、残債務の全部について弁済が経過したものとみなされる。
(二) 原告は、長期最優遇貸出金利の変動に伴い、右(一)(2)の利率を、別紙既払金別表②「利率」欄及び別紙利息損害金別表②「約定利率」欄記載のとおり変更した。
(三) 平成四年一一月末日から一か月が経過したため、原告は、被告Y1に対し、平成九年七月一二日催告をした。その後相当の期間の末日である同月一九日が経過した。
3(一) 原告は、被告Y1に対し、平成元年一月三〇日次の約定により、一〇〇〇万円を貸し付けた。
(1) 同被告は、同年三月から平成二六年一月までの各月一〇日限り各六万二七〇四円(元利均等弁済)を支払う。
(2) 利息は、年五・七パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。原告は、金融情勢の変化その他の相当の理由がある場合には、利率を変更することができ、同被告は、予めこれに同意する。
(3) 遅延損害金は、年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。
(4) 右(1)の弁済期から一ヵ月が経過し、原告が催告をした後に相当の期間が経過した場合には、同被告は、その後に到来すべき期限の利益を失い、残債務の全部について弁済が経過したものとみなされる。
(二) 原告は、長期最優遇貸出金利の変動に伴い、右(一)(2)の利率を、別紙既払金別表③「利率」欄及び別紙利息損害金別表③「約定利率」欄記載のとおり変更した。
(三) 平成五年一月一〇日から一か月が経過したため、原告は、被告Y1に対し、平成九年七月一二日催告をした。その後相当の期間の末日である同月一九日が経過した。
4(一) 原告は、被告Y2(以下「被告Y2」という。)に対し、平成二年九月一〇日次の約定により、八〇〇〇万円を貸し付けた。
(1) 同被告は、同年一〇月から平成三二年八月までの各月末日限り各五五万九七八七円(元利均等弁済)を支払う。
(2) 利息は、年七・五パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。原告は、金融情勢の変化その他の相当の理由がある場合には、利率を変更することができ、同被告は、予めこれに同意する。
(3) 遅延損害金は、年一四パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。
(4) 右(1)の弁済期から一か月が経過し、原告が催告をした後に相当の期間が経過した場合には、同被告は、その後に到来すべき期限の利益を失い、残債務の全部について弁済が経過したものとみなされる。
(二) 原告は、長期最優遇貸出金利の変動に伴い、右(一)(2)の利率を、別紙既払金別表④「利率」欄及び別紙利息損害金別表④「約定利率」欄記載のとおり変更した。
(三) 平成五年一〇月末日から一か月が経過したため、原告は、被告Y2に対し、平成九年七月一二日催告をした。その後相当の期間の末日である同月一九日が経過した。
5(一) 原告は、被告イーグルに対し、平成二年一月二九日次の約定により、一五〇〇万円を貸し付けた。
(1) 同被告は、同年二月から平成七年一月までの各月末日限り各二五万円(元利均等弁済)を支払う。
(2) 利息は、年七・三パーセント(一年を三六五日とする日割計算による。)とする。
(二) 被告Y1は、原告に対し、平成二年一月二九日被告イーグルが右(一)の貸付けに基づき原告に対して負う債務につき連帯保証する旨を約した。
二 本訴請求の要旨
本訴請求は、
1 被告イーグルに対し、
(一) 前記一1の貸付けに基づき、
(1) その元金のうち三八一八万〇七二五円
(2) 右(1)の金額に対する平成四年九月一日から期限の利益喪失日である平成九年七月二一日まで前記約定の利率による利息合計八四二万八三一四円
(3) その元金のうち別紙利息損害金別表①「うち元金」欄記載の金額に対する平成五年一月一日から右期限の利益喪失日である平成九年七月二一日まで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金合計一六七万五八一五円
(4) 右(1)の金額に対する右期限の利益喪失日の翌日である平成九年七月二二日から支払済みまで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を、
(二) 前記一5の貸付けに基づき、その元金に対する約定の年七・三パーセントの割合による利息のうち、一万六七六六円の支払を、
2 被告Y1に対し、
(一) 前記一2の貸付けに基づき、
(1) その元金のうち二四三四万一五三八円
(2) 右(1)の金額に対する平成五年一月一日から期限の利益喪失日である平成九年七月一九日まで前記約定の利率による利息合計四九一万〇七一八円
(3) その元金のうち別紙利息損害金別表②「うち元金」欄記載の金額に対する平成五年二月一日から右期限の利益喪失日である平成九年七月一九日まで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金合計一二六万七三六三円
(4) 右(1)の金額に対する右期限の利益喪失日の翌日である平成九年七月二〇日から支払済みまで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を、
(二) 前記一3の貸付けに基づき、
(1) その元金のうち九五九万九九四六円
(2) 右(1)の金額に対する平成四年一二月一一日から期限の利益喪失日である平成九年七月一九日まで前記約定の利率による利息合計一八五万四六七八円
(3) その元金のうち別紙利息損害金別表③「うち元金」欄記載の金額に対する平成五年一月一一日から右期限の利益喪失日である平成九年七月一九日まで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金合計四二万七五五三円
(4) 右(1)の金額に対する右期限の利益喪失日の翌日である平成九年七月二〇日から支払済みまで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を、
(三) 前記一5の貸付けに係る連帯保証債務の履行請求権に基づき、この貸金に対する約定の年七・三パーセントの割合による利息のうち、一万六七六六円の支払を、
3 被告Y2に対し、前記一4の貸付けに基づき、
(一) その元金のうち七九二九万〇六〇八円
(二) 右(一)の金額に対する平成四年一〇月一日から期限の利益喪失日である平成九年七月一九日まで前記約定の利率による利息合計一七〇四万〇五二六円
(三) その元金のうち別紙利息損害金別表④「うち元金」欄記載の金額に対する平成四年一一月一日から右期限の利益喪失日である平成九年七月一九日まで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金合計三八九万八四七六円
(四) 右(一)の金額に対する右期限の利益喪失日の翌日である平成九年七月二〇日から支払済みまで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を、
それぞれ求めるものである。
三 争点
被告らは、被告イーグルと原告との間には、前記一の各貸付けとは別に旅館の建設資金の融資約束(以下「本件約束」という。)があったと主張し、原告がこれを実行しなかった債務不履行により、被告らは損害(被告イーグルの損害については、他の金融機関からより高い利率をもって融資を受けたことによる利息の増大額として少なくとも三二五〇万円、右旅館の建設等の事業の遂行ができなくなったことによる費用七一五〇万円を主張している。)を被ったとして、これによる各損害賠償請求権をもって、被告ら各自に対する本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の抗弁を述べるので、本件の争点は、被告イーグルと原告との間に被告らの主張するような融資の約束があったかどうか、原告が融資を実行しなかったことが債務不履行を構成するかどうかにまず存することとなる。
四 争点に関する被告らの主張
1 被告イーグルは、静岡県加茂郡東伊豆町に所在する面積約四一〇〇平方メートルの土地を取得した上、国風旅館用建物を建設し、○○館なる名称で旅館営業をする事業(以下「本件事業」という。)の計画を立てた。
2 被告イーグルは、当初右事業の資金を株式会社駿河銀行からの融資によって調達する予定であったが、原告(横浜支店)から、同支店の営業成績を上げるため右資金を融資させてほしいとの申入れがされたので、原告からの借入れを決断したものである。そこで、被告イーグルは、原告に対し、事業計画の詳細を明示して、右融資方を依頼したところ、同支店長B(以下「B支店長」という。)及び同融資担当課長C(以下「C課長」という。)から、融資を実行する旨の回答を得た。融資金額は、新築工事代金、設備備品の購入代金、開業に至る経費を含め、一八億五〇〇〇万円と決定され、平成二年二月二六日までに右のうち合計二億六八〇〇万円の融資が実行された。その余の金額についての融資は、建設業者に対する支払のつど実行することとされた。このようにして、原告と被告イーグルとの間には、遅くとも同日ころまでに一八億五〇〇〇万円の融資の約束(本件約束)が成立したものというべきである。
3 一方、被告イーグルは、原告の強い要望を容れ、建物の建築工事は、原告の紹介に係る奈良建設株式会社(以下「奈良建設」という。)に発注することとし、原告の従業員の立会いの下、平成二年四月二六日奈良建設との間において、代金を九億九九一〇円と定めて請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。本件請負契約においては、約一〇億円もの代金を、五回の確定日に分割して支払う旨が約定されたが、被告イーグルは、その当時一〇億円という資金を独自に調達し得る状況になく、原告から融資を受けられることが明らかでなかったならば、同被告がこのような確定日払の約定をするはずはない。また、奈良建設の従業員の供述によっても、原告は、右従業員に対し、被告イーグルの建設費及び事業費は原告が融資すると明言していたことが明らかである。更に、原告のB支店長は、同年五月八日右建築工事に先立つ地鎮祭に主賓として列席して挨拶し、原告が本件事業を全面的に支援し、融資をする旨を述べた。仮に、原告が当時未だ融資の申込みを受け、これを検討していたに過ぎなかったのであれば、同支店長が地鎮祭に参列し挨拶をすることなどは考えられない。
4 被告イーグルは、奈良建設に支払うべき請負代金の中間金を用意する必要から、原告に対し、平成二年八月融資の実行を求めたところ、原告の当時の横浜支店長であるD(以下「D支店長」という。)は、銀行内部の事情が生じて融資はできなくなった旨返答するのみで、具体的な理由を示すことなく、同月六日ころ融資を拒絶した。
第三争点に対する判断
一 ≪証拠省略≫、被告代表者兼同Y1本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 被告イーグルは、原告の担当者に対し、平成元年一二月ころ本件事業に係る同年一一月八日付け開発行為許可申請書の控えを示しつつ、本件事業の計画について話し、それに必要な資金として約一二億円の融資を受けたいという趣旨の申入れをした。
2 原告は、被告イーグルに対し、平成二年一月二二日本件事業のための土地取得資金として九〇〇〇万円を貸し付けた。その際、原告は、同被告の取締役であるE(以下「E」という。)の所有に係る居宅(同人の自宅)の担保差入れを受けた。原告は、同被告に対し、同月二九日、三一日にも運転資金としてそれぞれ一五〇〇万円、三八〇〇万円を貸し付けた。
原告はさらに、同被告に対し、同年二月二六日右土地取得資金として、二億一五〇〇万円を貸し付けた。
3 被告イーグルは、原告に対し、同年二月中旬ころ同被告の作成に係る「伊豆熱川温泉『○○館』(仮称)<事業計画書>」と題する文書を提出して、本件事業の資金が約一六億五〇〇〇万円となる旨を知らせ、口頭で、この金額の融資を得たい旨の希望を伝えた。
4 同被告は、同年五月中旬ころに至り、同被告の作成に係る「○○館収支見通し」と題する文書を提出して、所要の資金額は一八億五〇〇〇万円に達するという趣旨を明らかにし、口頭でこの金額の融資を申し入れた。
5 他方において、被告イーグルは、原告の紹介に係る奈良建設に旅館用建物の建設工事を発注することとし、同年四月二六日同社との間において請負契約(本件請負契約)を締結した。もっとも、同被告は、他の建設業者への発注も検討していた。
6 被告イーグルは、原告のD支店長に対し、同年八月三日合計一八億五〇〇〇万円の融資実行を求めたところ、同支店長は、融資額は一五億円としたいなどの旨を述べたが、同被告は、それでは資金計画が成り立たないとして譲歩しなかった。原告は、同年六日ころ及び同月二〇日ころの二度にわたり、右要請を拒絶した。
以上の事実が認められる。
被告イーグル代表者兼同Y1本人の尋問結果中には、本件事業に関連する融資の申入れの当初から借入金額は総額一八億五〇〇〇万円を要請していたなどとして、右認定に反するかのような部分があるが、それは、被告イーグルが当時自ら作成し、原告に提出した文書(≪証拠省略≫)の記載内容と齟齬するものであり、そのような齟齬の生じた理由について首肯すべき弁疏もされていないことなどに照らすと、右部分は、これを措信することができない。
二 右一の各認定事実に、被告イーグルが原告に対し右一2に認定した各貸付けに係るもののほかには本件約束に係る融資につき申込書を提出した証拠はなく、右融資の担保に差し入れられる不動産について、抵当権設定契約締結、登記申請の委任等の処理がされた形跡もないこと(被告代表者兼同Y1本人の尋問結果には、Eの所有に係る土地及び本件事業の用地として取得した土地を担保とする予定であり、それらに関する登記済権利証、承諾書等を原告に預けたと思うと述べる部分があるが、そのような重要な書類に関する事実であるにもかかわらず、供述が曖昧である上に、原告に対する交付の時期や融資が拒絶された後に返還を受けた経過については詳らかにされていないことなどにかんがみれば、右部分は、直ちには措信し難い。)を併せ考えると、結局、本件事業の必要資金の融資については、被告イーグルが口頭でおおよその金額を示して何度か希望を述べたのに対し、原告担当者がこれを聞き置いて、事業計画及び所要資金額の具体化の進捗を注視しつつ、内々の検討を続けてきたところ、融資の可否及びその限度額についての確実な見通しを立てるには至らないうちに、同被告の申入れに係る金額が漸増し、遂に原告において融資に応ずる見込みのない金額に達したため、その旨を告げたものというべきであり、結局、原告から被告らの主張に係る一八億五〇〇〇万円の融資について、これに応ずる旨の約束と評価し得るような言動が原告にあったとは認められないというべきである。
三 右二の認定判断に関し、被告らは、本件約束の存在を直接証するものとして、奈良建設及びその従業員のした各記述(≪証拠省略≫)並びに被告イーグル代表者兼同Y1本人の尋問結果及び供述記載(≪証拠省略≫)を援用するので、以下これらについてみることとする。
1 奈良建設が被告イーグルを債務者として申し立てた不動産仮差押申請事件(横浜地方裁判所平成二年(ヨ)第七二〇号)の申立書(≪証拠省略≫)には、同社は、本件請負契約に係る代金の準備のため、原告が同被告に融資をすると聞いていた旨の記載があり、これは、同社従業員において原告関係者からそのように聞いていたという趣旨をいうものとも解される。また、同社の従業員であるFの供述記載(≪証拠省略≫)には、原告の話では本件事業に係る建設費及び事業費の融資をするとのことであった旨の部分がある。しかしながら、そもそも、右各記載によっても、原告関係者は何程の金額を融資すると述べたのか、その言明が何時されたのかは判然としないから、その言が本件約束に係る一八億五〇〇〇万円の貸付けに応ずるという趣旨のものかどうかは未だ不明である。そうであるのみならず、仮に、原告の従業員が右のような言辞に出たとしても、最終決裁権者の決裁を得た、あるいは消費貸借契約書の調印や融資金の交付が了されたとまでいうのではないのであるから、それは、金融機関の担当者一箇の抱負、見込みを述べ、自らの仲介に係る建設業者と施主との間の交渉の円滑に資するという趣旨以上に出るものではないと理解すべきであり、その程度のことは、金融機関から融資を受けるなどして多少ともその関係の事務処理に接した者にとっては見易いところと考えられる。したがって、原告従業員に右のような言辞があったとしても、それゆえに、原告が本件約束に応じたものとは解し得ない。いずれにしても、前掲≪証拠省略≫の記載によって、前示の認定判断が左右されるものではない。
2 次に、被告イーグル代表者兼同Y1本人の尋問結果及び供述記載(≪証拠省略≫)中には、本件約束がされた旨をいう部分がある。
しかしながら、右≪証拠省略≫の供述記載においては、被告イーグルは、旅館の建設には一八億五〇〇〇万円の資金が必要であること及びその内訳を示し、原告が「融資を為すことの意思表示を為し」た旨、融資決定を遅くとも平成二年二月までに受けた旨を述べるが、そのいうところの、融資をする旨の意思表示、あるいは融資決定なるものが、原告従業員の誰のどのような言辞によってされたかは、右供述記載によっても明らかでなく、右尋問結果中にも、これらを具体的に述べる部分は存在しないから、原告が、本件約束の承諾の明示の意思表示をしたことの直接証拠としての価値を右記載部分に認めることはできない。かえって、被告イーグル代表者の尋問結果によっても、本件約束の成立については、平成二年二月二六日までに合計二億六八〇〇万円の貸付けがされたので、本体となる融資がこれに続いてされるものと理解していたに過ぎず、一八億五〇〇〇万円を融資する旨の原告からの明確な言明を受けてはいないことは暗に認めているものと理解されるところであって、このような尋問結果からしても、本件約束の明示の承諾の意思表示と目すべき言辞が原告の従業員にあったとは容易に認め難いというべきである。
右のとおりであるから、被告イーグル代表者兼同Y1本人の前示供述によって本件約束がされたとの被告らの主張事実を認めることはできず、前記二の認定判断が動かされるものではない。
四 被告らはまた、本件約束がされたとの推認又は評価をすべき根拠として、次のような主張をするので、以下これらについてみる。
1 被告らは、平成二年二月二六日までにされた合計二億六八〇〇万円の貸付けは、融資の総額が一八億五〇〇〇万円と決定された上で、その一部が先行して実行されたものであるから、右貸付けがされたことは本件約束があったことの証左であるという趣旨の主張をし、被告イーグル代表者兼同Y1本人の尋問結果にも、同趣旨をいうかのような部分がある。
確かに、原告は、被告イーグルに対し、同年一月、二月にかけて前記一2に認定したとおり金員を貸し付けたものであるが、これらの貸付けが、被告らのいうようなものとして処理されたことを窺わせる客観的な証拠は見当たらず、むしろ、右貸付けに係る金銭消費貸借証書(≪証拠省略≫)によれば、これらは、設備資金、運転資金又は土地取得資金の融資として、それぞれに処理されたものとみられるから、右尋問結果をたやすく採用することはできず、右主張は前提を欠くこととなる。
2 被告らは、原告から横浜支店の営業成績を挙げるため右資金を融資させてほしいとの申入れがされたこと、本件請負契約は原告の従業員の立会いの下で締結されたこと、被告イーグルは、本件請負契約に係る代金を独自に用意し得る状況になく、金融機関からの融資金をもって賄うほかなかったことなどを強調する。
しかしながら、これらのことは、事業用設備の建設資金につき金融機関から多額の融資を受けようとして交渉が行われる場合、あるいは当該金融機関の紹介に係る業者に建設工事を請け負わせる場合一般にみられ得るところであって、必ずしも、融資の確約の存在を前提としなければ了解し得ないことではないから、これらのことによっては、本件約束がされたことは推認するに足りない。
3 被告らは、原告のB支店長は建築工事に先立つ地鎮祭に列席し、原告が本件事業を全面的に支援し、融資する旨を述べたと主張した上、この段階において、原告が融資の申込みを検討していたに過ぎないとは考えられない旨の主張をする。
しかしながら、仮に、原告の支店長が右のような言辞に出たとしても、自らが最終決裁権者として決裁をし、又は権限者の決裁を得たとまで、あるいは消費貸借契約書の調印や融資金の交付が了されたとまでいうのではないのであるから、それは、≪証拠省略≫の記述にいう原告関係者の言辞について先に判示したと同様に、取引店舗の支店長としての抱負、見込みを、しかも多分に儀礼的な配慮を込めて述べたという以上のものではないと解されるところである。したがって、同支店長に右のような言辞があったとしても、それゆえに、原告が本件約束に応じたものとは認め難いのであって、被告らの右主張も、これを採用することができない。
4 右のとおり、被告らが、本件約束の存在を示す事実として挙げるところは、いずれも採用することができない。
五 以上によれば、本件約束がされた事実は、これを認めることができないから、原告が融資を実行しなかったことがその債務不履行を構成するという被告らの主張は前提を欠き、失当に帰する。
第四結語
そうすると、原告の本訴請求は、その余の点についてみるまでもなくいずれも理由があることとなるから、これを認容することとする。
(裁判官 長屋文裕)